2012年7月13日金曜日
再演のこと
大阪で『ツァイトゲーバー』の再演をするわけですが、再演とはなんだろうか。何を再び演じるのかということをちゃんと考えないといけない。よく聞くのは「再演を重ねることによって俳優が上達していく」とか「作品の精度がより高くなる」とかという理由で、「俳優が上達」とか「作品の精度が高まる」というのは一体なんの事を言っているのか。演劇はその都度、上演されるものだから「上達」や「精度が高まる」ということは僕には考えにくい。なんだか、本番以前に本来の作品の姿があって、(これは再演だけではく、そもそも初演も含めて)本番でその姿にどれだけ近づけるか?という、本番以前に作品の完成形を想定する意味のない行いのように思える。演劇の本番はその都度、その時に生まれるものでしかないし、それに正直になるというか、それでしかないという風に考えた方が本当なんじゃないかと思う。上に書いた理由以外に、再演を重ねることによってより多くの人に見てもらえるという理由があって、これは確かにごもっともだと思う。演劇はそもそも各地を「持ち回る」という性質があることは分かっているし、そのこと自体を否定しようとは思わないけど、しかし、つくっている側としては、何度も同じ作品を上演することはすごく閉じていく気分がするから、この気分をどうしようかという問題がある。だから何か別の方法で再演とすればいいので、そうすることにしますが、演劇の再演に対する考え方というか見方を変えたいと思っているわけです。どんな作品においても、初演の延長線上に再演というものがあるのではなく、初演と再演はまったく別の時間の中にあるという当たり前のことをつくる側も見る側もわすれてはいけないと思う。
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